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十二代 惺斎(せいさい) 敬翁宗左(けいおうそうさ)1863-1937

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碌々斎が隠居した明治25年、家督を継ぎました。
その後、襲名茶事や碌々斎の還暦の茶事、了々斎、如心斎の年回茶事など多忙を極めました。

 

明治39年、不慮の家事で家元の建物が消失しましたが、碌々斎と共に再建に努力し、障害を通じて表門を開かず、慎みの意を表したそうです。
その年は、英国のコンノート殿下の来朝があり、京都御所でお茶を差し上げました。

 

そして火災後明治42年には残月亭をひらき、大正2年には不審庵をひらきました。
大正10年、家元内に松風楼を増築し披露の茶事が行われました。社中も次第に増えていき、如心斎好みの8畳に準じた構えとなりました。
それから後、稽古場としての出張所が東京、大阪に新たに設けられるようになりました。

 

昭和に入ってますます茶道愛好者を増し、惺斎の好み物を依頼されることが多くなります。
歴代の中でも、惺斎の※好み物は一番多いと言われています。

 

昭和12年7月18日没 享年七十五歳

 

※好み物・・・好み物とは、好きな物でなく、自分の好みの新しい道具を造らせた物のことです。
好みが多い惺斎ですが、つまり、造らせた道具が多いということ。

 

 

 

惺斎の好み

 

好文棚
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⇒好文棚 惺斎好の詳細ページ

 


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