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六代 覚々斎(かくかくさい) 原叟宗左(げんそうそうさ)1678-1730

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覚々斎は久田宗全(随流斎の兄)の長男で、12才の頃、千家に養子として迎えられました。
ずいぶん若くして家督を継いだんですね。

 

18才の頃には宗左の名を名乗り、参禅の師である大心和尚より流芳軒の号を受け六代家元となりました。

 

その後、家元では宗員と名乗ることになります。

 

元禄享保時代は、町人の経済力が※台頭し、文化面にも影響を及ぼす、時代の転機であり、覚々斎は利休や宗旦のめざした茶の趣旨(侘び寂び)をよくわきまえながらも、古法にとらわれず次々に新しい方法を取り入れいて人々を指導しました。

 

紀州の徳川家八代目将軍、徳川吉宗にお使えし、唐津焼の茶碗を拝領した際、取次人の名前を使って「唐津桑原茶碗」と名付けられました。

 

江岑宗左の五十年忌茶事では、手作りの黒茶碗を使い、一日の茶事が終わったあと、客や手伝いでくじ引きをしその茶碗をプレゼントしたりしました。
この時の茶碗が「鈍太郎」といいます。

 

「流芳五十」と言って、覚々斎が晩年に手造りした50の楽茶碗のことです。
黒15碗、赤35碗。

 

そのうちの一つが「鈍太郎」ですね♪
楽焼ですので、どっしりしたものが多いのかな?

 

 

享保15年 6月25日没 享年52歳

 

 

※台頭(たいとう)・・・勢いが増すこと

 

 

覚々斎好 老松茶器

 

 

 

私も老松茶器は長尾の練習のため仕覆付きで購入しましたが、
替えの至服も持っていると、楽しいですね♪

 

 

 

 

徳川吉宗公から拝領した唐津焼の茶碗はもちろん同じものは手に入りませんが、
唐津焼の茶碗ならいろいろありますね。

 

有名な作家のもの、箱書きのあるものは高額ですが、オークションなら掘り出し物が安価で手に入ることもあります!たまにチェックして楽しんでます♪

 

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